Subscribed unsubscribe Subscribe Subscribe

シャニダールの花 映画感想

f:id:allisfulloflove:20170502200932p:plain

シャニダールの花」を観た。
黒木華綾野剛のコンビはリップヴァンウィンクルの花嫁と同じだ。
レビューをみたら、そちらと勘違いして視聴したという声がちらほらあって何だかふふっとなってしまった。映画の内容自体は全然違うのに、ふたりが画面に映るだけで同じ映画を観ているような気分になっていたのは確かだ。それもきっと、ふたりの放つ雰囲気が似ているからかもしれないな。黒木華は一見どこにでもいそうな容姿をしているけれど、あんなに透けてしまいそうなほど透明感のある女性はめったにいない。強いのに儚い。演技をしているのか素なのかわからないほど彼女はいつだって自然体だ。女優。その言葉がよく似合う。綾野剛も同じ。彼を形容する言葉は、かっこいい、クール、セクシー、ミステリアス、どれも似合う。でも一言で片づけてしまうほど単純な男ではないのだろうな。僕はきっと彼の本当の魅力を半分もわかっていないだろうから、彼の魅力に気付いたいろんな映画監督がひっぱりだこにしている。
そんなふたりが主演をつとめているから、内容がめちゃくちゃでも何をしていても場面が持つといっても過言ではない。ふたりがいるから成り立つ。このふたり、とってもいいな。


これだけふたりのことを言っておいてなんだけど、「シャニダールの花」はまれにみる面白くない映画だった。ただ注意したいのは、面白くないというのは嫌いと直結ではない。ああいうしみったれた邦画を観てスカッとすることもある。スカッとジャパンより断然スカッとする。
「雰囲気映画」と言ってしまうのは暴力だ。「雰囲気だけの映画」、と評される映画を僕自身好む傾向があるから、その一言で済まされてしまうのはなんだかもったいない、と個人的にすごく思っている。細部に神が宿るというけれど、映画もどこかしこに監督の思惑がちりばめられていて、気付くのも気付かないのも視聴者の自由だ。解釈だって、別にどうとらえたってかまわないはず。

日本映画というよりも、フランス映画を観ているような感覚になった。フランス映画をフランス映画らしくしている要素って何なんだろう。よく邦画と似ているという人がいるけれど、僕もどこか似ているところがあると思う。

とにかくこの映画は理解しにくかった。理解しよう、理解しよう、と映画は観るもんじゃないけど、頭をからっぽにして観ていたら置いていかれてしまって、気付いたら終点を過ぎて回送電車に一人取り残されていた、みたいな。果たして全貌を理解できた人はどれほどいるのだろうか……?
人から花が咲くなんて奇病、しょせん人間も花も地球の一部分にすぎないという話で済むことだ。フィクションの中だけでも、人がかつて花だったというのもロマンチックで素敵じゃないか。花はいつか必ず散る。美しいときはあっという間に過ぎ去ってしまう。そういう運命なのだ。なんだか人間と似ているね。

よくわからないと言って逃げてしまいたくなる映画だった。
本当に感想がそれくらい。
でも好きだという人もたくさんいるんだろうなと思う。
そういう映画だった。