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ダウントン・アビー/Downton Abbey (2010) シーズン1感想

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  製作者・脚本:ジュリアン・フェロウズ

  製作国:イギリス

  出演者:ヒュー・ボネヴィル/マギー・スミス/ミシェル・ドッカリー/ダン・スティーヴンス/他

 

華麗なる英国貴族の館、ダウントン・アビー

貴族と使用人の生活と人間関係を描いて世界で人気を博したイギリスのテレビドラマ。日本でもスターチャンネルNHKで放送されている。ドロドロの人間関係だけでなく嫁・姑問題や相続問題は世界共通の話題なのだろう、日本でも話題となった。

 

イギリスの文化や貴族制度など、日本人にはなじみが薄いものが出てくるため何の気なしにインターネットで調べていると思わぬネタバレ砲をくらうので要注意です。特に登場人物が多くややこしいのだが、一筋縄ではいかないような人物が多いので、感情移入できる人が自ずと出てくるのではないだろうか。もちろん誰に感情移入しなくても群像劇なのでそれぞれの視点を楽しめて面白い。登場人物の多さに困惑しつつも、それぞれがこのドラマの主人公なのだという見せ方をしているため、自然と覚えていく。その中でも長女のメアリーと使用人のベイツは特にスポットライトを当てられているように感じる。

 

一級品の美術装飾

このドラマに使われている館ダウントン・アビーはイギリスにあるハイクレア城という実際のお城で、このドラマ以降観光客が絶えないという。撮影場所が本物のお城となっているため、1910年代にタイムスリップしたかのような再現度の高いドラマとなっている。お城の内観も外観も美しいので、どこを切り取っても絵画のようなカメラワークとなっている。

 

インテリアだけでなく、服装もきらびやかである。貴族たちの服装は文句のつけようがないほど華麗である。どれほどの値打ちがするのかはわからないが、高級品が使われているのだろうと思う。さらに注目すべきところは使用人の服装で、少しでも陳腐になるとコスプレに見えがちなメイド服や執事の服装は、まるで当時のもののように馴染んでいる。使用人は仕事中くたびれた服も着ていても、人前に出るときや町に繰り出す際には上等な服をこしらえているので服にもかなり神経を集中しているはずである。

 

その辺りの話はエミー賞美術監督賞や衣装賞を受賞している点でも一目瞭然である。シーズン1は1912年から1914年の2,3年の出来事だが、シーズンを追うごとに時代も進み服装や髪型がカジュアルになっていくのも注目すべきところである。女性陣は結構カツラを被っているらしいが、あまり違和感がない。こういう緻密さには脚本家が貴族の爵位を持っていることや、徹底した時代考証が背景にあるのだろう。

 

貴族の生活と価値観

貴族の生活に驚きつつも、マギー・スミス演じるグランサム夫人の言動には驚かされるばかりである。貴族には週末がなく、働くことは汚点である、と考えているように、貴族の中でも典型的な考えを持っている人物である。この家族の中でも3世代で考え方や価値観が随分と違うことがわかる。孫世代(メアリー世代)にいくにつれて現代の考えに近い上に、末っ子のシビルは一番まともというか一般人に近い考えを持っている。

 

貴族という身分が優雅で働かなくていいなと思う一方で、伝統を守らなければいけないというしがらみがあるのはあまり易しい話ではない。ロバートが言うように、貴族たちはあくまでも資産の管理人であって、所有者ではない。まさにその通りで、シーズン1ではひたすら相続金をめぐった話をしている。繰り返し討論される「限嗣(げんし)制度」はこのドラマで初めて聞いた上に当人たちもよくわかっていないような様子なのでますます日本人には馴染みがなく、ややこしい制度である。

 

貴族と使用人

1話は慌ただしく廊下を走るキッチンメイドのデイジーが使用人を起こすところから始まる。「一度でいいから自然と目覚めたい」と言うハウスメイドのアンナ。このシーンだけでいかに使用人が忙しいかがうかがえる。1話におけるデイジーはこのドラマの案内人のような役割を担っており、新人という立場から視聴者と共に貴族の家のしきたりや仕事を学んでいく。ドジを踏んでしばしば料理長のパットモアさんに怒られているが、視聴者として一番感情移入した人物でもありました。一方のパットモアさんはよく怒るけれどどこか憎めないキャラクターをしている。

 

このドラマにおいてはメアリーは絶世の美女のように描かれている。貴族の長女という立場柄、モテるのだろうが、いくらなんでもモテすぎる。しかも金銭目当てだけではなく彼女の美貌に目を奪われていく男性陣が多いので、このドラマのいろいろあるツッコミどころのうちの一つです。イーディスは3人姉妹の真ん中という立場で捻くれた性格をしていて事あるごとにメアリーと火花を散らす。どちらも根は悪い人ではないと思うのだが。シビルはその二人の火花に巻き込まれることなく自由奔放で女性の参政権に興味津々なご様子。4話は晴れ晴れするような終わり方をしている。その年代だったらおそらく考えられないであろうズボンを着用して見せつけている。着替えを手伝うアンナがいたずらっぽく笑うのも含めてシーズン1の中でも爽快感のあるシーンである。

 

使用人もお金のために働く人もいれば、忠誠心の強い人物も多くいるように感じる。執事のカーソンさんや家政婦長のヒューズさんなどはかなりダウントン・アビーに強い思い入れがあるように感じるし、厳しいのも愛があってこそである。それに応えるように、当主のロバートも使用人を思いやっているように感じる。パットモアさんの手術代を出すあたり、お金の関係ではなく強い信頼関係が築かれていることがわかり、貴族と使用人はwin-winの関係であるように思う。

 

こうしてみると、登場人物の中でも悪と善がはっきりと区別されている。わかりやすいのがオブライエンとトーマスで、野心が強いためどこか憎めないところもあるのだが、他人を貶めたりオブライエンに至っては殺人に近いことまでしている。しかし悪だからといって勧善懲悪のような痛快劇が出ることもなく、なあなあで終わる。それもトーマスとオブライエンが完全な悪ではないということなのだろう。どこか人間味のある魅力的なキャラクターである。

 

終わりが始まり

一見、7話の遊園会が途方もなく優雅に見えるが様々な思いが錯綜している。使用人のグエンは新たな人生が始まり、それを自分のことのように喜ぶシビルと運転手のブランソン。メアリーにハメられて恋が実る前に失恋するイーディス。マシューとの結婚が破談になったメアリー。子どもが流産しても前を向くコーラとロバート。真実を知って罪の意識を感じるオブライエンと戦争のために準備を始めるトーマス。ダウントン・アビーの未来を憂うカーソンとヒューズ。ダウントン・アビーの住人たちは優雅な遊園会を傍らに、喜ばしくない複雑な思いを抱いている。そこに知らされる第一次世界大戦の知らせ。ダウントン・アビーのシーズン1は終わりを迎えるが、新たな始まりを告げる合図でもあった。