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ノー・マンズ・ランド (2002) 映画感想

 ノー・マンズ・ランド Blu-ray

 

監督:ダニス・タノヴィッチ

製作国:ボスニア・ヘルツェゴビナスロベニア、イタリア、フランス、ベルギー

言語:ボスニア語、英語、フランス語、ドイツ語

 

ボスニア戦争( 旧ユーゴスラヴィア紛争の一部)のお話。国内で紛争をしているというのは日本人には少し理解しがたい状況だが蓋を開けてみると同じ国でも言語も民族も国の豊かさも違う。東京都と大阪府が戦争をしているのとではわけが違う。ボスニア戦争は1990年代に起きたユーゴスラヴィアからの独立宣言から始まった。戦争映画は少し苦手なのだが「ノー・マンズ・ランド」はとても観やすかった。冒頭だけ撃ち合いがあるが派手な戦闘シーンはない。それもこの映画は3人に焦点を絞っているからであるだろう。

 

主な登場人物はセルビア側のニノとボスニア側のチキとツェラ。地雷を仕掛けられて身動きをした瞬間に吹っ飛んでしまうツェラとそれを助けようとするチキ。そして銃で脅されている新人兵ニノ。この3人の関係がボスニア戦争の縮図のように感じた。ボスニアセルビアの中立地点にいる3人はそこでどっちつかずの状況に陥り、力関係は武器の保持によって変わる。

 

ニノとチキの関係は微妙である。同じ言語を話すがセルビアボスニアという民族の違いがあるので戦争時においては敵対関係である。だが彼らには共通の知り合いもいる。だがらといって友情関係になるわけでもなく銃の前においては脅しの関係になる。戦争は人を変える。戦争をどちらの国がはじめたかで口論になっても結局は銃を持っている方が正しいという結果に落ち着く。銃の力関係と、地雷を仕掛けられた緊張感が続く。

 

ジャーナリストが兵士の言葉を報道したように、「殺りくを目の前にしたら傍観は加勢だ」というのがこの映画のメッセージのように思う。しかし結局ツェラの下に埋まった地雷は取り出せず、放置する結果になる。助けることに精を出していたチキは死に、周りもツェラを見殺しにすることになる。結局傍観という立場にならざるを得なく、戦争のどうしようもなさや虚しさを感じる。

 

冒頭に「悲観論者は今を最悪と言い、楽天家は次を最悪と言う」というセリフがある。まさにツェラの立場を表しているのではないだろうかと思った。ツェラや周りの人間はどう思っていたのだろうか。最悪を逃れるためにツェラを放置したので楽天家に見える。ただこの結果はどうしようもないことだ。そこに残るのは虚しさだけで悪いのは全て戦争だ。

 

こういう戦争には国連も加担している。ただほとんど無能である。いてもいなくても変わらない。おまけに言葉が伝わらない。完全に傍観の立場である。

 

セルビア軍が組織された軍隊なのに対してボスニア軍は一般市民で組織されており軍服はなく私服で参加している。なので検問所もセルビア軍は立派な建物なのに対してボスニア軍は何もない簡易的なものになっている。チキがあえてThe Rolling StonesのTシャツを着ていたのは監督なりの自由の訴えだったのだろうか。