「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」 ハリーポッターシリーズ新作映画予想&まとめ

舞台はニューヨークのハリーポッター・シリーズ新作 

2016年11月23日にハリーポッターの新作映画「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」が日本で公開される。

 

続編である「ハリーポッターと呪われたの子供」と情報が混ざりやすいがファンタスティックビーストは70年前のニューヨークが舞台でハリーたちとは直接的に関係がない。一方の「呪われた子供」はハリーポッターシリーズの純粋な続編で、ハリーの子供を主人公とした舞台で今後脚本が販売される。 

 

幻の動物とその生息地

「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」は2001年に発売されたハリーポッター内に出てくる本「幻の動物とその生息地」(Fantastic Beasts & Where to Find Them)を原作にした3部作の映画で、主人公はその本の著者のニュート・スキャバンダーという青年である。

 

ちなみにこの本はホグワーツ校指定教科書でハリーが使用したものという設定で売られており各所にハリー・ロン・ハーマイオニーの落書きが見受けられる。

日本版だともちろん日本語の落書き。「クディッチ今昔」という本と共に2001年に販売され、売上が全額慈善団体に寄付されるという特殊なものだった。

 

本というより事典のようなものなのでストーリー性はなく、映画の脚本はJ.K.ローリング本人による書下ろしらしい。この本がハリーポッターの世界で1927年に出版されたという設定なので、映画もその前後の話になると思われる。

 

ニュート・スキャマンダー

主人公ニュート・スキャマンダーを演じるのはエディ・レッドメイン

最近だと「リリーのすべて」で性別適合手術をした主人公を演じた。

 

「幻の動物とその生息地」を読むと、映画化を前提に作られたのかと思うほど主人公ニュート・スキャマンダーの設定が緻密に練りこまれているのがわかる。それがJ.K.ローリングの特徴ともいえるのだがこれが書かれたのは2001年である。小説で言うとアズカバンの囚人が書かれた頃。すでに著者についてWikipediaが作られてもおかしくないほど人物像が出来上がっていたのだ。

 

予告から、主人公は「人間より動物と付き合う方が得意」「ニフラーとは愛憎関係」であるらしい。

 

またニフラーというのは

 

長い鼻で穴を掘る、このフワフワした黒い動物は、キラキラ光るものなら何でも好む性癖がある。ニフラーは温和で愛情深いとさえいえるが、家具その他を破壊してしまう可能性があるので、決して室内で飼育するべきではない。 (幻の動物とその生息地 p.80)

 とあり、おそらく予告でトランクにいる動物はこのニフラーではないだろうか。

 

展開&登場人物予想

1920年代となるとハリーポッターはもちろん生まれる前なので出演はしないだろうがハリーと関わる人物が登場するということで間接的には関係がある。

予告ではダンブルドアの文字が。その当時から教師だったようだ。

 


映画『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』特報2【HD】

 

ハリーは1980年生まれなので、時代的にはおじいちゃん世代。

 

そしてあのルーナ・ラブグッドがニュート・スキャバンダーの孫と結婚するので義理の家族関係にあたる。孫ともなれば著作権の概念があれば印税や資産管理をしている可能性があり、ルーナも雑誌「ザ・クィブラー」の編集長をしているのでお互い出版業界の人間ということになる。

 

しかしこの二人の取り扱うのは真逆である。実際に魔法界に存在する動物とその生息地を記録したホグワーツの教科書である「幻の動物とその生息地」。一方、「ザ・クィブラー」は日本でいう「ムー」にあたる少々怪しい雑誌で幻の動物を盲信している。だがどちらも生き物を愛する書物という点では一致しているのだ。

 

さらに1926年は名前を言ってはいけないあの人ヴォルデモートことトム・リドルが生まれた年。いくらなんでも赤ん坊なので直接関わってくるとは思えないがハリーポッターと謎のプリンス内で明らかになったトム・リドルの母親や祖父の時代が大きく関わってくる年代なのでそこらへん界隈の人はもしかしたら出てくる可能性もある。

 

他に1920年代に生きている人といえば、ダンブルドアの他に賢者の石を作ったニコラス・フラメルや杖屋のオリバンダーさん、ハリーの祖父母あたり。あとはハグリッドの両親なんかも出てくるかもしれない。ただ舞台がニューヨークなので絡んでくる可能性は低い。

 

しかしあれだけイギリス人俳優と舞台にこだわっていたJ.Kローリング女史がアメリカ舞台を許諾したということは相当な資本が絡んでいるのだろうか。せっかくなら舞台も再びイギリスにしてほしかった。